スタイリスト紹介


大山 旬 (Shun Oyama)

アパレル販売員、キャリアカウンセラーを経て2009年5月にスタイリストとして独立。これまでに3,000人以上のファッションコーディネートを手掛ける。

楽天株式会社三木谷浩史氏、NPO法人フローレンスの駒崎弘樹氏、湯浅誠氏など、一部上場企業の経営者から、中小企業経営者、弁護士、医師、コンサルタント、著者、政治家など、ビジネスシーンで活躍する方々のスタイリングを得意としている。

ファッション関連の著書はこれまでに5冊出版。累計10万部を突破。代表作は「最強の服選び(大和書房)」「できれば服にお金と時間を掛けたくない人のための一生使える服選びの法則(ダイヤモンド社)など。

メディア出演も多数。読売新聞、朝日新聞、日経新聞、NHK「おはよう日本」、フジテレビ「めざましテレビ」などに出演。

プライベートでは男の子と女の子の二児の父。旅とランニングが趣味。身長164センチの小柄なスタイリスト。

出版書籍一覧



■ 「ユニクロ9割で超速おしゃれ」|大和書房
■ おしゃれが苦手でもセンスよく見せる「最強の服選び」|大和書房
■ Men's Fashion 365 days|宝島社
■ クローゼット整理から始める40歳からの服選び|技術評論社
■ できれば服にお金と時間を掛けたくない人のための一生使える服選びの法則|ダイヤモンド社

著書は累計10万部を突破しました。

メディア掲載実績



■新聞:読売新聞、朝日新聞、日本経済新聞、共同通信社、東洋経済オンライン...etc
■雑誌:PRESIDENT、メンズジョーカー、オレンジページ、アエラ...etc
■テレビ:NHK「おはよう日本」、フジテレビ「めざましテレビ」、テレビ朝日「怒り新党」...etc
■タイアップ広告:アシックス、オーネット、キリン...etc

落ちこぼれ会社員からの「独立」



本を書いたり、たくさんのメディアに出たり、色々と並べ立ててきましたが、僕は何も自慢がしたいわけではありません。元はといえば、僕は経験豊かななスタイリストではまったくありませんでした。逃げてばかりの「落ちこぼれ会社員」でした。

「独立前はどんな仕事をしていたのですか?」と聞かれることも多いのですが、僕はこれといった特徴のない「ごく平凡な大学」を卒業した後、女性物の靴の販売をしていました。大好きなファッション業界での仕事はわずか1年半でドロップアウト。販売ノルマを課される日々から逃げるように退職しました。

転職した次の会社では営業、広報、キャリアカウンセラーなど様々な仕事を経験しましたが、日々の激務に身体が付いていかず、たった3年半でドロップアウト・・・ まさに【会社員不適合者】でした。

その後、「自分探しの旅」という、ありがちな世界放浪を経たあと、「ひょっとしたら自分はフリーランスが向いているんじゃないか」と勘違いをしたまま、いきなりスタイリストとして独立をしてしまいました。

もちろんスタイリストとしての経験はゼロ。師匠もいません。ただのファッション好きの兄ちゃんが突如としてスタイリストと名乗りだした、それが僕の偽りのない過去です。当時はスタイリストというよりは「ただのフリーター」に近い状態だったと思います。

会社員もロクに勤まらなかった僕がフリーランスとして上手くいくはずもなく・・・ 独立から1年が経った頃には貯金も底を付きました。ところが軌道に乗る気配はゼロ。それでも僕はこの仕事が楽しくて仕方がありませんでした。

会社員時代にはあまり感じられなかった「日々の成長の実感」これが堪らなく楽しかったのです。そしてそのままズルズルと借金生活へ・・・ まさに破滅的な生活をしていました。何の実績もないフリータースタイリストにお客さんなんて付くはずはないですよね。当然の結果だったと思います。

「セルフブランディング」で一気に突き抜ける


独立から3年。僕が聞いていたラジオ番組で、尊敬する経営コンサルタントの石原明さんがこんなことを言っているのを聞きました。「良いものが売れるわけではなくて、良さそうに見えるものが売れる」のだと。

当時の僕はスタイリストとしての技量にはそれなりに自信があったものの、自分自身のファッションにはあまりお金も掛けられませんでした。プロフィール写真も自分で撮ったイマイチなものでしたし、ホームページも素人っぽい作りでした。これでは僕自身、まったく「実力のありそうなスタイリストには見えないな」と痛感しました。

そこで一念発起した僕は、はじめて「セルフブランディング」という考え方を取り入れました。自分自身が「実力のあるスタイリストに見えるように」ブランディングに力を注ぎました。

両親からお金を借りて、プロのスタイリストに見えるような服を買い、プロのカメラマンにプロフィール写真を撮ってもらい、ウェブデザインも独学でセンスの良いものを作り上げました。

そこから明らかに風向きが変わりました。メディア取材が増え、お客さまも一気に増加。独立から3年が経った頃、僕はようやく「フリーターからスタイリスト」へと進化することができたのだと思います。借金はすぐに返済。そして今ではスタイリストとして独自のポジションを築きながら活動することができています。

圧倒的な差別化をするための戦略とは?

僕は今、日本を代表するような経営者の方のファッションコーディネートを担当させてもらったり、本の著者として10万部を突破することができるような、スタイリストとしてはかなり特殊なポジションを獲得できています。

それはすべて「ブランディング」の賜物だと思っています。

ここまでお話した通り、元はといえば、僕は何の経験もない「フリーター」だったわけですから。それが自分のブランドを意識して、人から「良さそうに見える」ようになってから僕のビジネスは劇的に変わりました。この経験を僕はお客さまと一緒に共有したいと思っています。

世間にはたくさんの優れた会社があります。でもその魅力がまったく伝わらない状態だと、なだらかに業績は下降していきます。同業他社に負けないための、圧倒的な違いを作る必要があります。

僕はファッションやプロフィール写真の力で、みなさんの会社の魅力を最大限まで引き上げるお手伝いをしたいと思っています。

ファッションを使って小さな会社のブランド作りを支えたい

どの業界でも、活躍している会社というのは、実力があるだけではなく「見せ方に優れている」ことが圧倒的に多いのです。特に中小企業の場合はその傾向が顕著です。

経営者のファッション、プロフィール写真、WEBデザインなど、その世界観に共感ができるかどうかで、圧倒的なブランドを作ることができます。僕は様々な業界の中で、キラリと光るようなブランドを持った会社や個人をたくさん生み出したいと考えています。

「おしゃれな経営者が業界を変える」この信念を持って、僕はこれからもスタイリストとしてファッションを使った魅力的なブランド作りに力を注いでいきたいと思っています。